無根樹から
無根樹の詩には、天地との調和、陰陽の循環、無限の可能性を秘めた「根源的な力」が表現されています。
この絵は、中国の武当山に代々伝統的に伝わってきた、符図として観念を写意した写意画で、行気（ぎょうき＝気の流れ）によって、観念化された意が画面に宿る技法にて描きます。
道（タオ）の世界には、「符図（ふず）」と呼ばれる霊的・象徴的な図像があります。
これは一種の呪符でありながらも、単なる宗教道具にとどまらず、写意的に描かれた霊的絵画で、観る者の精神面に直接働きかける精神感応的な美術としての力を持っています。
そのため、古来より多くの人々が、不老長寿、健康、吉祥、家庭の調和などを願い、こうした道家的写意画や符図を自宅や書斎、寝室に飾ってきたのです。絵を見ることは、単に美を愛でるのではなく、生活に「道」の気配を招き入れ、心身を調律するための行いとされていました。
このように写意画は、単なる絵画表現にとどまらず、人の精神・生活・宇宙との調和を媒介する芸術です。
この写意画は、「目で見るもの」ではなく「心で感じるもの」です。
それは道（タオ）と通じ、自然の気と共鳴し、観る者の内面を静かに動かす力を持ちます。
符図や写意画は、古より今に至るまで、”人の魂に語りかける「霊なる絵」”として息づいているのです。
下記にこの写意画の意となる「哲理詩」無根樹の原文と、現代日本語訳とその解釈を添えておきましたので、是非お読みください。
※無根樹の作者「張三丰(1247年〜？）」は、太極拳を確立した人物としても有名で、太極拳にもこの無根樹を適用しました。補足として、武当山に伝わってきた太極拳との関連解釈も記載しておきました。
無根樹・第100首
原文
無根樹，花正圓，氣貫天地會神仙。陰陽演化成大道，太極圓通萬法全。
現代日本語
根のない木に、まるく整った花が咲く。
気は天地を貫き、神仙とひとつに通じる。
陰と陽はめぐり変化して大道を成し、
太極の円満なる理は、万法すべてを包含する。
解釈
この詩は、「宇宙との合一」「自然の大いなる道」「包容と円通」の境地を示しています。まるい花は完全性・円満の象徴であり、無根樹がここに至って「完全な開花」を果たしたことを意味しています。
【1】無根樹，花正圓（むこんじゅ はなまさにまどか）
根のない木に咲いた花が、いままさに円満に開いている。これは内外の調和・円熟・完成を示し、修養の集大成を象徴しています。
【2】氣貫天地會神仙（き てんちをつらぬき しんせんにかいす）
気が天地を貫くほどに高まれば、神仙のような存在と通じる境地に至る。これは、気と精神が一体化する究極の状態を語っています。
【3】陰陽演化成大道（いんよう えんかして たいどうとなす）
陰と陽が循環し演化することで、大いなる道（道理）が形成される。太極の原理は常に変化の中にあり、それが自然と大道となるのです。
【4】太極圓通萬法全（たいきょく えんつうして ばんぽうまったし）
太極は円満にして通達であり、すべての理法・技法・真理を包含している。ここでは太極が「道の完成系」であることが宣言されています。
太極拳との関連解釈
【1】無根樹，花正圓：修養の完成と円熟
太極拳の修養が深まり、心身が調和して自然体となるとき、その姿は「円満」に現れる。動きに角がなく、意が継ぎ目なく通じる状態を象徴します。
【2】氣貫天地會神仙：内外一致の境地
神・気・精が高まり、天地とつながる感覚が生まれる。このときの太極拳は、神仙の動きのように自然で力みがない。
【3】陰陽演化成大道：絶え間ない変化の中の真理
太極拳のすべての技は、陰陽の沖和と変化によって生まれます。そこに「不変なる道」が内在しているのです。
【4】太極圓通萬法全：統合と完成
すべての拳理、呼吸法、心法、動きが太極の原理に収斂し、そこからまた無限に展開する。まさに「道は一にして万に通ず」の境地です。
